大粒の激しい雨、冷たさではなく痛みを感じさせる雨。
傘も差さず、思うが儘に歩き続ける
体の冷たさと心の絶望が一体化する。
この苦しみを唯一理解してくれる彼女
明日になったら頭を撫でてもらおう
優しく微笑んでもらおう
そうすれば私は頑張れる、生きていける
「大好き、……」
絶望の世界
「ちょっとマネージャー、ボール拾ってよ」
使われた何十枚もあるタオルを洗い、干して
大きな、ろくに掃除してないホコリだらけの部室を掃除し
何十人分もあるドリンクを作り、ドリンクをテニスコートに置いて
すぐ逃げようとしたら、テニスコートから呼ばれたのがいま。
「ねえ、あんたマネージャーでしょ、ボール拾って」
振り向くと、一年生でレギュラージャージを着ている越前リョーマが
テニスラケットをいじりながら私を睨んでいた
その瞳からは軽蔑を強く感じる。
「たしかボール拾いは一年生の役目ですが」
感情を感じさせない事務的な声が私の口から飛び出す
心は反対に、酷く彼に怯えているけれど。
「マネージャーなんだからボールぐらい拾いなよ」
「……分かりました」
私は反抗することはしない
素直に相手の言うことに従う
たとえ、そう理不尽なことでも、反抗はしない。
人形になれ
人形になれ
感情なんて失くしてしまえ
呪文のように心に繰り返す
私は人形
痛みも感情もない、ただの人形。
テニスコートに戻り、足元のボールから拾っていく。
コートではまだ打ち合いをしていた
危ないけれど、私は黙々とボールを拾いカゴに入れる。
「……!!」
突然強い衝撃が、体を襲った
背中にボールが当てられたのだ!
当たった場所からジンジンと、鋭い痛みと熱を伝えてくる。
痛みを押し殺して身体に当てられたボールを拾う
――――いや、拾おうとした
「ッ!」
ボールを掴もうと伸ばした手は、ボールを掴むことなく地についた
一瞬、頭の中が驚きで真っ白になるが、すぐに想像がつき
想像は裏切られることはなく、私の手は他人の足によって地についていた
足はそのまま退けず、さらに力を加えグリグリと私の手を踏み潰そうとする
「あれっ! ごめーん 踏んじゃったにゃ!」
私の手を踏みながら、形ばかりの謝罪をする菊丸先輩
笑いながら足に力を加え続けている
「ッ、退いて下さい!」
手加減のない力に、骨が砕かれてしまうのではないか
そんな恐怖が沸き起こり、力任せに菊丸先輩を押して手から足を退けさせる
踏まれていた手は、菊丸先輩のシューズの跡がくっきりと赤く残っていた。
「な、何すんだよッ! クソ女!」
思わぬ私の反撃に顔を赤くして
菊丸先輩は怒り、私を蹴りつけた
「っ……」
腹に足が埋め込まれ、息が詰まる
腹の圧迫感と刺されたような熱の痛み
声が出ない。
「バーカ!天罰だにゃ!」
ニヤニヤと笑う菊丸先輩を無視して
私は身体を丸め、痛みが流れるのを待つ
鋭い痛みは荒波のように私を襲い、なかなか引かない。
「ふん! お前、ボール拾いにきたんだろ
俺が手伝ってやるにゃ」
そう言うと菊丸先輩は遠ざかる
荒々しい足音が聞こえなくなり、そして――
「……うッ!」
ボールがまた私に当たった
それは一度ではなく、何度も私の身体にボールが当たる
ボールを故意に体に当てられているのだ、と気づいたのは三個目の時。
背中
肩
頭
足
腕
体のいたるところにボールが当てられる
「ッ……ぐっ、ぃ……」
「どうにゃ、お前が集めやすいように
みんなでお前に当ててやってるんだにゃ!」
遠くから菊丸先輩が笑いを含めた声を、私に投げかける
色々な人の笑い声も耳に届いた。
彼らは私に同情することも、菊丸先輩を止めることもしない
テニス部全員がこれを認知し、面白がり
私を憎み、協力し合い、私に痛みを与えている
「くす、惨めだね。まあこれは自分が招いたことだけど、ね」
「丁度良い的当てッスね、ダンクうっちゃおうかなー俺」
「本当、憎んでも憎み足りない女だな」
クスクスと漏れる声、鋭い嫌悪に満ちた瞳が私を見つける。
悲しみ、憎しみ、苦しみ
様々な感情が、汚れた感情が
私の心に黒く渦まいて膨らんでいく。
―――ふいに風を切る、鋭い音が聞こえた
「……ガッ!」
頭にボールが当たった
強烈な痛み
まるでボールが頭を突き破ったような痛み
全身に鋭い痛みの痺れが通っていくのを感じて
私は痛みに呻きながら気を失った。
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