[PR] この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。
目を開けると、分からない所、分からない人。
心配そうに、私を見つめる老夫婦に
私は心の奥底で安心を感じた
『この人たちは私を傷つけない、彼女のように優しい』
なぜ、そんなふうに思ったのか分からない
目覚めたらすべての記憶を、私は失っていた。
絶望の世界 2
真っ白な天井、真っ白な壁、真っ白なカーテン
白に囲まれて、私は眩暈と吐き気に襲われた
白は嫌い
自分の汚さを、浮き彫りにされそうで嫌い。
私は気を失った後、保健室に運ばれたらしい
テニス部員にもまだ良心の残ってる奴がいたということか。
「起きたか」
しばらくボーとベッドに横になりながら天井を見上げていると
声が聞こえ、横に顔を向ければベッドのすぐ傍に人が座っていた
「手塚部長……」
「部活中に倒れたので保健室に運ばせてもらった。
目が覚めたなら帰るぞ、送ろう」
手塚部長は早口に捲くし立てると、すぐに椅子から立ち上がり
思わぬ人との接触に混乱している私の手を掴んで、強引にベッドから起き上がらせた
「ッゥ!」
強引な力に引っ張られて、身体中が痛みの悲鳴を上げた
多分ボールが当てられた場所は痣や傷になっているのだろう
痣や傷のことはどうでもいいが
電気のようにビリビリと身体中を走り続ける痛みを止めてほしい。
「放してくださいっ、自分で立てます」
手塚部長の手を振り払い、自分で立ち上がる
身体を動かす度にあの鋭い痛みが走り、動きを鈍くさせるが
痛みを無視してお構いなしに歩き、保健室の扉へと向かう。
「一人で帰れますので送ってくださらなくて結構です。
では部活お疲れ様でした、失礼します」
後ろで立ち尽くす手塚部長に振り向かず言い捨てて、逃げるように保健室を出る。
追ってくるかもしれない可能性を考えて
痛みで倒れそうになる身体に鞭を振り教室まで早歩きをする。
「……っ」
痛みとは別の震えが身体に拡がる
じわじわと心から身体に拡がって、身体を弱らせていく。
それは恐怖。
殴られるかもしれない、怒鳴られるかもしれない
そんな想像でいつも人を前にすると、身体が震えてくる。
「……弱虫」
自分が嫌い、こんな弱い自分
教室は薄暗かった
夕方になって太陽が沈みかかっている
電気を付け、窓際にある自分の机に歩み寄る。
「また……か」
自分の机の前に立って、思わずため息を漏らす。
私の机だけ酷く汚れていた、誰かが故意に汚したのだ
油性ペンで色々な文字が机に書かれている
黒い文字が木の柔らかい色を消して棘棘しい色を作り出していた。
私の鞄が荒らされて、教科書がビリビリに破れ
周りはゴミクズの山になっていた
そして私の机だけ水がかけられ
袋に入れて吊るしてあった体操服も、体育館シューズも水浸しだった
水が机から滴り落ちる
「……あ」
呆然と自分の机を見つめる。
酷いことをされて驚いているわけではない
こんなことは日常茶飯事になってしまっている。
思わず声が漏れたのは、積まれたゴミクズに隠れて
気付かなかったが机の上には、死んだ金魚が二匹いたからだ。
この水はクラスで飼っていた金魚の水槽の水を使用したらしい
そして良心のない人が巻き添えに、金魚を飾りの様に仕立て殺したのだろう。
なんて残酷な光景だ。
私を苦しめるために、なぜ精一杯生きている生き物を殺すのか
同じ人間でなければ罪悪感など感じないのだろうか
私には人間が悪魔に見えてしょうがない。
私のせいで命を落とした金魚たちに
申し訳なくて悲しくなる、胸が締め付けられる。
ゆっくりと金魚に手を伸ばす。柔らかな感触。
ぬめる死骸に、気持ち悪さなんて一切感じなかった。
二匹を優しく手のひらに乗せて、教室を出る
鞄を持って帰る気も、机を掃除する気持ちもなかった
ただこの金魚たちを安らかに眠らせてあげたい、その思いだけだった。
階段を下り中庭に、上靴のまま外に飛び出す。
「どうか、安らかに」
水場の近くに小さく穴を掘り、二匹を埋めた
悲しくて、苦しくて、涙が頬を伝った
君たちを死に至らしめてしまったのは私だ
手を下したのは私ではなくとも
私が原因で、罪のない生き物を殺してしまった
ごめんなさい
どうか君たちに穏やかな眠りが訪れることを。
「真下……」
「っ!」
気配なく突然呼ばれて、驚きで勢いよく振り向く
いつの間にか手塚部長が後ろにいた。
「泣いていた、のか」
「…・・・違います」
急いで頬に伝った涙を拭く。
彼に、悪魔のような人間に弱みは見せたくない。
だが手塚部長は私の涙をしっかり見ていたようで
なぜか目を見開いて、驚いている
「……お前にも感情があったのだな」
何を言ってるのだ、この人は
生き物なのだから、感情があって当たり前だ。
でも手塚部長が、私に感情がないと思っていたということは
ほかのテニス部員もそう思ってる。きっと他の人たちも。
私は、私が目指してる
感情のない人形に近づきつつある、ということ
それは好ましいこと
私に感情なんていらないのだ
私は人形にしかなれない
それだけしか許されない。
「……帰ります、失礼」
横を通りすぎる
手塚部長は何も言わなかった
ただ、呆然とその場に立ち竦んでいる
私は気にすることなく、昇降口に向った
いつの間にか太陽が沈み、あたりは頼りない月の光と自分の足元しか照らさない電灯だけ
その寂しい風景に、心が悲しみを呼び込み私を包んでいく。
世界はどこまでも、私にとって悲しいことばかりで。
世界はどこまでも、私にとって苦しいことばかりで。
絶望という二文字が目の前に、ちらつき始めた。
01 02 03